2006年01月01日

正月なので王道・劉備

 あけましておめでとうございます。
 今日はどのことを書こうかと思ったのですが、ひねくれものの僕ですが、正月くらい、正義の味方・善玉・王者であらせられる、漢第六代皇帝景帝の子・中山靖王劉勝の末裔にして蜀漢先主・昭烈帝であり、かつ、皇叔でもある(以下略(笑))劉備玄徳殿を取り上げることにします。
 小学校の頃に初めて読んだ三国志が「演義」をもとにしている横山光輝の三国志である以上、いい人・劉備、悪人・曹操となるのは当然です。あの頃は若かった(笑)。実際の劉備といったら、もう・・・。「蒼天航路」の劉備(と曹操も)の方がまだ実像に近いでしょう。劉備は高祖・劉邦と似ていたという記述も話半分ですが、それでも、やくざの親分っぽいところがあったのは間違いないでしょう。劉邦も、横山光輝「若き獅子たち」よりは、本宮ひろ志「赤龍王」の方がいいと思います。まあ、横山光輝が連載していたのが主として子供向けの雑誌だったことも影響していると思いますが。いきなり女遊びの場面ばかりでは教育上よろしくないということで(笑)。
 さて、僕が高校の頃に買ったMSX版「三国志」では、当然のごとく、初めてやった君主は「劉備」でした。シナリオ3では、最初はたった1国なのに、やたら武将が多い!直ちに東側の空白地に数名ずつ移動して、兵を雇えるだけ雇い、曹操・孫権・劉表に同時戦争を仕掛け、北部軍は曹操壊滅後は袁紹、南方軍は孫権壊滅後に南方を回り劉璋、中央軍は劉表壊滅後に馬騰を殲滅、結構あっけなく天下統一してしまいました。
 その後、88版でシナリオ1で放浪→旗揚げを繰り返したり、高いカリスマを利用して曹丕や孫堅配下の孫策・孫権を引き抜き、面白かった記憶があります。
 今やっている「真・三国無双」シリーズでは、(これは曹操・孫堅・孫権に共通しますが)武器が剣のため、癖が無く使いやすい武将だと思います。とくに無双乱舞は通常攻撃の最後に出すとコンボ数が結構稼げます。動きも速く、あっという間にシナリオクリアも可能です。ただ、敵に回すと結構弱く、イベントによっては情けなかったりするのはご愛嬌か。
 ちょっと前にはまっていた「三国志戦記」シリーズでは、劉備編で天下統一することが出来たときは、結構感動しました。後の方になると、敵も強くなってなかなかなんです。劉備・関羽・張飛・諸葛亮他で10連鎖をしたときの快感は忘れられません。綿密に計算しても、どっかでずれちゃうことが多いので(笑)。10連鎖、合計で何十万人やっつけたのだろう。核爆弾よりも多いと思います(笑)。


三國志 10 with パワーアップキット

posted by きよくん at 16:10| 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月30日

坂本龍馬と天然パーマ

 こんばんは。
 年末に仕事もせずゲームばかりやってます。こんな姿、学生には見せられません(笑)。
今日は、御大・坂本龍馬についてちょっと書きます。
 僕はもともと徳川幕府が好きだったので、徳川幕府をつぶした坂本龍馬はあまり好きではありませんでした。しかし、10年ほど前、NHK「おーい、龍馬」を何とは無しに1回目から見たところ、はまりまくりました。小山ゆうの絵も良かったんだと思います。子供の頃、「がんばれ元気」の大ファンでしたから。
 中でも最も親近感を持ったのは、坂本龍馬が天然パーマだったことです。写真を見る限りでは気づかなかったのですが、マゲを結えないほどのかなりの癖毛。僕も若干の天然パーマを気にしており、直毛にあこがれていたのですが、坂本龍馬が天然パーマと知ってからは、むしろうれしく思えるようになりました。
 その後、憲法学者になった後、坂本龍馬の新政府構想「船中八策」を読んだのですが、衝撃でした。子供の頃、板垣退助(番組中では旧姓の乾退助)や後藤象二郎に「馬鹿」とののしられた坂本龍馬は、近代立憲主義、立憲君主制をきちんと理解していました。
 このような人物を暗殺するとは、薩摩藩(犯人は薩摩説を信じています)も何を考えているんだか。彼が生きていれば、日本は今とは少し違った姿になっていたでしょう。
 今年前半はPS2の風雲・新撰組↓にはまっていたのですが、ラスボスの龍馬をあっさり倒してしまいましたが、そのあたりはまたの機会に。
 


posted by きよくん at 17:59| 幕末 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月29日

決戦V 吉乃に萌える(笑)

こんばんは。

 突然ですが、35歳にもなって決戦Vの吉乃に萌える僕は変でしょうか?エンディングでの尼さん姿もまた味があります。

 吉乃は第2章「桶狭間合戦」前の軍議で加入してきます。史実では信長より年上のはずですが、子供っぽいです(ただ、信長の妾が吉乃を代々名乗ったという説もあるので、何代目かの吉乃かもしれませんが)。天候の変化が分かるという設定ですが、今だったら天気予報のお姉さんになって人気が出ると思います。
 それはともかく、弓足軽隊で使うことが多いことと武将系統が僧侶のため肉弾戦は弱いので、信長との好相性を生かして信長の護衛部隊に使うことが多いです。強くなってきたら、帰蝶とアマリアと女性部隊を編成したりしてます。とくに、後の方のある合戦で吉乃を参加させないと、南光坊天海が加入しません。天海は是非加入させたいので、吉乃もある程度は鍛えておかないといけないわけです。セリフもいいです。「私の攻撃を受けて立っていられる?」とは勇ましい。下手に肉弾戦をやるとぼこぼこにされるのに・・・(笑)。
  
 なぜ吉乃に萌えるか?それは、ぱっと見たとき、僕の青春時代を彩ったアイドルにそっくりに見えたからです。その名は「河合その子」。おニャン子クラブ会員番号12番、現・作曲家の後藤次利夫人。「落葉のクレッシェンド」と「青いスタスィオン」は名曲です。おニャン子の中にあって貴重な歌唱力を持っていました。
 決戦Vを買ったのが1月で、ずっとそう思いながらゲームをやっていたところ、6月にケーブルテレビの「ファミリー劇場」で、伝説の名作「ヤヌスの鏡」が始まり、若かりし頃の河合その子を久しぶりに見ましたが、やはり、吉乃にそっくりと思いました。河合その子も40歳か・・・。時の流れは速いもの。諸行無常の響きあり。

(注・「萌える」といっても、僕は常識的な範囲で「萌えている」と認識しております(笑))




posted by きよくん at 21:40| 決戦V | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月28日

決戦V 傾奇者・前田利家はご先祖様

こんばんは。
 おとといからまだやっている「決戦V」ネタの続きです。

 今日は、傾奇者・前田利家を取り上げます。400年も経てば子孫は日本中にたくさん居ると思いますが、おそらく、ご先祖様(の一人)です。よって、前々から前田利家には親近感を持っていました。信長の野望とか、出てくるゲームではもちろん熱心に育て、また、戦に、内政に(ゲームによっては内政力が低いこともありましたが)使いまくりました。
 そして、決戦Vの利家ですが、正直、困りました(笑)。あの格好、ちょっとお馬鹿さんです。言葉遣い、山賊みたいです。あの掛け声も・・・。とくに「びびってねぇで 前に出ろ!」の裏声になるあたり、ゲームをやっていても失笑してしまいます。さらに、シナリオの途中で一旦、親父殿・権六とともに離脱するので、その部分を乗り切るためには他の武将の成長を優先しなければならず、利家にかかりっきりというわけにはいきません。もちろん、潜在能力的には猛将タイプとして文句なしで「槍の又佐」の面目躍如ですが…。
 史実では、あと5年生きていれば…。徳川幕府も成立しなかったかもしれません。徳川家康=司馬懿仲達のようなもので、やはり長生きも一つの最有力の武器ですね。それでも加賀百万石として隆盛したのは、親父殿や盟友・秀吉と比べると大成功といえますが。
posted by きよくん at 19:48| 決戦V | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月26日

決戦V 気弱な丹羽長秀に一票!

 こんばんは。
 大学が冬休みなので、昨夜から「GTジョッキー(3=古!)」と「決戦V」という、今年最も時間をつぶされた2大コーエー作品を徹夜でやってしまった…。35歳にして情けない。
 「決戦V」は自分的には今年最大のヒット作です。今年の1月から8月(!)まで、繰り返しやってました。あれほど面白いゲームはめったに無いです。
 魅力的なキャラクターも多いのですが、今日は「丹羽長秀」。
 あの気弱キャラ、秀逸だと思います。とくに、戦闘中の掛け声がすばらしい。武将特技の際の「織田の底力をみせるのです!誰かが…」 とか 「これならどうです いかがかぁ(微妙にフェードアウト)」 、大笑いしてしまいます。さすが、前田利家に「芋侍」とからかわれるだけあります。ただ、ゲーム上、貴重な「焙烙」隊で、また、知将タイプで結構いろいろな特技を覚えるので、大体の合戦には連れて行きますけど。「大回復」とか「大疑心」とか、後方から使うと有効ですね。あと、長秀の「変化」、ギャップが激しくて笑えます。
 実際の丹羽長秀は、その慎重さが良かったのか悪かったのか。本能寺直後の決断次第では、天下のキャスティングボートを握ることも可能だったはずだが。まあ、天下人というよりは補佐役がふさわしいとは思いますが、それでも「丹羽の野望」も成立しえたんじゃないかな〜と思います。
posted by きよくん at 23:01| 決戦V | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月25日

「三国志」「真・三国無双」 姜維伯約

 三国志で、曹操と並んで好きな武将、姜維 伯約(きょうい はくやく)について。
 姜維はご存知のとおり諸葛亮亡き後の蜀を支えた武将ですが、その評価は分かれています。彼は、横山光輝「三国志」では、諸葛亮の北伐の際に「天水の麒麟児」として登場し、緒戦において諸葛亮、趙雲軍を破るものの、諸葛亮の計略により蜀に下りました。その後、諸葛亮に師事し、諸葛亮はその軍略のすべてを彼に伝えようとしました。諸葛亮の死後は、諸葛亮と異なり、内政にはあまりかかわらず、もっぱら北伐を繰り返しました。まあ、その辺はいまさら僕が書くことでもないのですが、、最後の最後、蜀の復活を賭けたギャンブル、あれは、「人生ゲーム」のゴール直前の「人生最大の賭け」みたいで、非常に心惹かれます。
 このブログはゲームのことも書くので、やはりコーエーの初代「三国志」と絡めて書くと、最初の「三国志」、僕が高校1年のときにMSX版を買ったのですが、ひととおり統一した後の興味は、姜維がいつ登場するか、ということでした。まだ「攻略本」というものが発達していない時代、シナリオ5で始めて、長安から西北あたりの国を片っ端から人物捜索する、ということを繰り返し、たしか223年に初めて発見したときは、大変うれしかったことを覚えています。能力のパラメータも高く、趙雲に匹敵するデータでした。ただ、残念なことに、大体その頃には全土を統一してしまっているので能力を発揮する機会が無い(笑)。(その他、司馬師・司馬昭とかも登場が遅いので使いようがありませんでしたが・・・。)
 なお、「真・三国無双」シリーズの姜維は、若々しいのはいいのですが、こじんまりとまとまっていて、使えない武将のような気がします。とくに無双乱舞が使いにくい気がするのですが、僕だけでしょうか?
 この姜維、中国旅行に行ったとき現地のガイドなどに知っているかどうか聞いたのですが、知っている人は誰も居ませんでした。 やはり知名度はいまいちみたいです。

posted by きよくん at 21:58| 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月23日

榎本武揚 函館政権2

前回からの続き)
 国家承認とは、他国が国家として認める行為ですが、国家承認の法的性質については、@創設的効果説、すなわち国家であると他国が認めない限り国家とはいえない、とA宣言的効果説、すなわち国家であると他国が認めることは宣言に過ぎず、国家承認とは、すでに国家として成立しているものを他国が認めるかどうかに過ぎない、と見解が分かれています。僕自身は、宣言的効果説が適切と考えます。というのは、他国が認めるかどうかは政治的事情も絡んでくるので、実際に国であっても認められない限り国ではない、というのは支障が生じるからです。台湾は国として機能していますが、日本は国としては認めていない、しかし台湾の実態は国です。
 話を戻すと、宣言的効果説をとった場合、蝦夷共和国は、国家要件を満たしているので、他国の承認にかかわらず国といえそうです。では、日本は一時期、2つの国に分かれていたのでしょうか。このあたりになると、歴史・国際法が本職ではないので結論は出せません。ただ言えるのは、榎本武揚は、オランダ留学で学んだ国際法の知識をもとに、短期間であれ、独立国家を作り、外国に認めさせようと交渉していることから、法律の知識を実践に活かした人物、ということになります。このあたり、ともすれば机上の空論に陥りがちな学者は、見習わなければならない、と感じるとともに、尊敬に値する人物と思っています。
 榎本武揚のその後についてはいろいろな見解がありますが、それはまたいずれということで。(上記の国際法の部分、いい加減に書いてますので過度の信用はしないでください(笑))。
posted by きよくん at 17:36| 幕末 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月22日

榎本武揚=函館政権1

 昨晩、NHKの「その時歴史が動いた」アンコールとして、「土方歳三」をやっていました。土方歳三については昨年の大河ドラマ「新撰組!」や、1月3日のNHK、2006年正月時代劇「新選組!!〜土方歳三 最期の一日」で注目されています。ここでは、土方歳三が最後に行き着いた函館政権について。
 函館政権は、榎本武揚を総裁とする政府で「蝦夷共和国」として独立を宣言したのですが、これが「独立国」であったのか、という点について、見解が分かれます。僕は国際法も大学で教えているのですが、(以下、あくまでブログなので簡単な記述ですが)国家の要件は、1933年(蝦夷共和国成立時には当然存在しませんが、今の時点で振り返るとしての話です)の国の権利および義務に関するモンテヴィデオ条約第1条によると、永久的住民、明確な領域、政府(実効的支配)、外交能力とされています。つまり、「国民」「領土」「政府」「外交能力」を持つものが「国家」の条件とされており、その案件が整っていれば「独立国」たりえるので、蝦夷共和国は国家の資格はありました。ただ、「国家として認められる」=「国家承認」が問題となります。(続く)
posted by きよくん at 18:41| 幕末 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月21日

信長の野望 長宗我部元親

 この記事は、別ブログにちょっと違った形でのっけています。

 小学生の頃から、もともと歴史が好きだったのですが、特に好きな時期のひとつが戦国期です。きっかけは、今から20年ほど前の名作ゲーム、「信長の野望・全国版」です。このゲーム、「信長の野望」の続編ですが、前作は中部地方だけだったのに比べ、全国の全大名を選べる、という、当時としては画期的なゲームで、高校1年のとき、1年間丸々つぶされました(笑)。当時はMSX版(懐かしい)、大学の頃はPC−8801FR版(これも懐かしい。まだ家にあって動きます)をやり、さらに今はウィンドウズ版とPS版をやってます。20年経っても飽きません。このゲームにより、戦国武将のどうでもいい(?)知識が身につきました。
 このゲームを手がかりにしつつ、今後も、たまに、戦国大名について書いてみたいと思います。まずは、四国の強豪「長宗我部元親」。史実では「地味」!子供の頃は女と間違われ「姫若子」とよばれたが、初陣後に「鬼若子」とあだ名が変わり、土佐の統一で「土佐の出来人」、さらには四国をほぼ統一したことから、名大名であることは疑いない。一応始皇帝の子孫だし血統的にも文句なしである。政治学者・憲法学者としては、「長宗我部元親百箇条」を出していることも注目される。
 ただ、豊臣秀吉に臣従せざるを得なかったとは、時期が悪かったとしか言いようが無い。その後の長宗我部家は、ご存知のとおり凋落していく。このあたりが、伊達、島津家と大きく異なるところである。
 さて、ゲームの話に行くと、「信長の野望・全国版」では、まず、さっさと、十河存保、細川晴元、河野通宣、一条兼定を暗殺して、入札して四国統一(←ありえない!(笑))。続いて軍勢を東西に分け、九州方面軍は大友宗麟、中国方面軍は宇喜田直家から侵入し、九州・中国統一後は太平洋側と日本海側に軍を分け、近畿・中部へ。その頃にはそれぞれの地域でも淘汰が起こっているので、その大名本国の大名の部隊を狙い撃ちして、おまけで他の国も獲得できます。そして、天下統一。つまり、信長の野望で初めて天下統一したのは、長宗我部元親でした。土佐藩とは縁もゆかりも無いこの僕が、長宗我部元親ファンになるとは、ゲームの影響力はすごいものです(笑)。その後、20年で、ゲームに登場する全大名で天下統一しました(暇人です)。また、信長の野望のほかのシリーズもやりつくしました。他の大名についてはまた書きますが、それでもやはり長宗我部元親は思い入れが深いです。
 次の戦国大名シリーズは、郷土の英雄(?)伊東義祐にしようかな?

posted by きよくん at 18:48| 戦国大名 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月20日

カリスマ・曹操孟徳

 今日は第一回目なので、せっかくなので別ブログでちょっと前に書いて埋もれるに惜しいので、三国志の曹操について書いたものを若干手を入れて第一回目とします。
 僕は、小学校の頃から三国志マニアです。中学校の頃、「三国志」をやりたくて、パソコンを買いました。狂ったように三ヶ月間やり続けました。このことは、また、ゲームネタとして取り上げます。ここでは三国志について書くと、大体誰のファンか、とか言う話になるのですが、曹操孟徳です。ここで細かく書くときりがないのですが、政治学者(僕のことです(笑))の目から見て、曹操ほど優れた政治家、国家の統治者は過去2000年の中でもほとんど居ない人物です。今の日本の「三国志」は「演義」を基にしているので曹操は悪者ですが、原書の「三国志」、さらに「蒼天航路」に見られるごとく、真の三国志の主人公は曹操といって過言ではありません。さらに統治者として優れているのは、その文才です。国を治めるのに関係ないじゃないか、といわれればそれまでですが、漢詩に優れているのは中国では重要な資質と考えられています。
 曹操について書き始めるときりはないのですが、それはまた書くとして、大学に居る留学生によると、中国でも、劉備一辺倒から曹操の再評価が進んでいるということです。「平時の能臣、乱世の姦雄」、今の日本に必要なタイプの人物だと思います。さらに、身長が170センチ無かった、ということで、短足だったというのも親近感が沸きます。
 曹操については、まだ何回も書くので今日はこのくらいに。

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posted by きよくん at 19:13| 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする