2005年12月30日

坂本龍馬と天然パーマ

 こんばんは。
 年末に仕事もせずゲームばかりやってます。こんな姿、学生には見せられません(笑)。
今日は、御大・坂本龍馬についてちょっと書きます。
 僕はもともと徳川幕府が好きだったので、徳川幕府をつぶした坂本龍馬はあまり好きではありませんでした。しかし、10年ほど前、NHK「おーい、龍馬」を何とは無しに1回目から見たところ、はまりまくりました。小山ゆうの絵も良かったんだと思います。子供の頃、「がんばれ元気」の大ファンでしたから。
 中でも最も親近感を持ったのは、坂本龍馬が天然パーマだったことです。写真を見る限りでは気づかなかったのですが、マゲを結えないほどのかなりの癖毛。僕も若干の天然パーマを気にしており、直毛にあこがれていたのですが、坂本龍馬が天然パーマと知ってからは、むしろうれしく思えるようになりました。
 その後、憲法学者になった後、坂本龍馬の新政府構想「船中八策」を読んだのですが、衝撃でした。子供の頃、板垣退助(番組中では旧姓の乾退助)や後藤象二郎に「馬鹿」とののしられた坂本龍馬は、近代立憲主義、立憲君主制をきちんと理解していました。
 このような人物を暗殺するとは、薩摩藩(犯人は薩摩説を信じています)も何を考えているんだか。彼が生きていれば、日本は今とは少し違った姿になっていたでしょう。
 今年前半はPS2の風雲・新撰組↓にはまっていたのですが、ラスボスの龍馬をあっさり倒してしまいましたが、そのあたりはまたの機会に。
 


posted by きよくん at 17:59| 幕末 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月23日

榎本武揚 函館政権2

前回からの続き)
 国家承認とは、他国が国家として認める行為ですが、国家承認の法的性質については、@創設的効果説、すなわち国家であると他国が認めない限り国家とはいえない、とA宣言的効果説、すなわち国家であると他国が認めることは宣言に過ぎず、国家承認とは、すでに国家として成立しているものを他国が認めるかどうかに過ぎない、と見解が分かれています。僕自身は、宣言的効果説が適切と考えます。というのは、他国が認めるかどうかは政治的事情も絡んでくるので、実際に国であっても認められない限り国ではない、というのは支障が生じるからです。台湾は国として機能していますが、日本は国としては認めていない、しかし台湾の実態は国です。
 話を戻すと、宣言的効果説をとった場合、蝦夷共和国は、国家要件を満たしているので、他国の承認にかかわらず国といえそうです。では、日本は一時期、2つの国に分かれていたのでしょうか。このあたりになると、歴史・国際法が本職ではないので結論は出せません。ただ言えるのは、榎本武揚は、オランダ留学で学んだ国際法の知識をもとに、短期間であれ、独立国家を作り、外国に認めさせようと交渉していることから、法律の知識を実践に活かした人物、ということになります。このあたり、ともすれば机上の空論に陥りがちな学者は、見習わなければならない、と感じるとともに、尊敬に値する人物と思っています。
 榎本武揚のその後についてはいろいろな見解がありますが、それはまたいずれということで。(上記の国際法の部分、いい加減に書いてますので過度の信用はしないでください(笑))。
posted by きよくん at 17:36| 幕末 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月22日

榎本武揚=函館政権1

 昨晩、NHKの「その時歴史が動いた」アンコールとして、「土方歳三」をやっていました。土方歳三については昨年の大河ドラマ「新撰組!」や、1月3日のNHK、2006年正月時代劇「新選組!!〜土方歳三 最期の一日」で注目されています。ここでは、土方歳三が最後に行き着いた函館政権について。
 函館政権は、榎本武揚を総裁とする政府で「蝦夷共和国」として独立を宣言したのですが、これが「独立国」であったのか、という点について、見解が分かれます。僕は国際法も大学で教えているのですが、(以下、あくまでブログなので簡単な記述ですが)国家の要件は、1933年(蝦夷共和国成立時には当然存在しませんが、今の時点で振り返るとしての話です)の国の権利および義務に関するモンテヴィデオ条約第1条によると、永久的住民、明確な領域、政府(実効的支配)、外交能力とされています。つまり、「国民」「領土」「政府」「外交能力」を持つものが「国家」の条件とされており、その案件が整っていれば「独立国」たりえるので、蝦夷共和国は国家の資格はありました。ただ、「国家として認められる」=「国家承認」が問題となります。(続く)
posted by きよくん at 18:41| 幕末 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする