2006年02月04日

番外編 MSXの思い出

 前回のバトンで触れた「初代信長の野望」について書こうと思ったのですが、少しばかりMSXについて書かないと背景が分からないかもしれないし、僕も懐かしいので、ちょっと番外編として、MSXについて書きたいと思います。MSXって皆さん知ってますか?僕が中学校に入った昭和58年頃、ソフトについて各社製品で互換性がある画期的なパソコンが出る、それも安い、ということで、大きな期待とともに迎えられたパソコンです。
 当時、クラスではパソコンを持っている人間は1−2名で、それまでのNECのPCシリーズや富士通のFM−7、シャープX1、MZシリーズは10万とか20万とかのレベルの話だったので、庶民の子供にはなかなか手が出ないものだったのですが、MSXはせいぜい5万円くらいだったので、一気にパソコン保有者が増えました。
 それぞれのメーカーによって機能、値段設定に差があったので、好きなMSXを買って、ゲームをお互いに貸し合うという使い方をしてました。後になるとゲームを10人くらいで共同購入してラジカセで生テープにダビング(簡単にダビングできました(笑))、本体は売却、という手法で、実費が1本100円程度でどんどんゲームが増えていきました。著作権もくそもあったものではありません。いい時代でした。
 僕が買ったのはナショナル「CF−2000」 値段は5万4800円だったと思います。値段はMSXの中では高めでしたが、スロットが2つついている点が大きな特徴でした。それと、TVにつなぐためのコンバータが別売りだったような気が・・・。後、カセットテープソフトが多く、また、フロッピーディスクがついてなかったので、15000円程度の「データレコーダ」を購入し、部屋にあった14型テレビに接続。この状況からしてすでに今からは想像も出来ませんが、初めて電源が入り、テレビに文字が映ったときの感動は、昭和20年代にはじめてテレビが来た家の子供と同じようなものと推測されます。
 家にはファミコンもあったのですが、やはり、キーボードがあるのは違います。また、「ぴゅう太」なるまがいもの(笑)と異なり、パソコンとしての最低限は満たしていたと思います。パソコン雑誌に当時はベーシックとマシン語のプログラムが載っており、キーボードで打ち込んで、ダブルカセットのテープレコーダ(これも当時もっている人は少なかった)でダビングして、学校で配ったり売ったりしてました。打ち込むのは結構手間がかかり、とくにマシン語の場合、膨大な数字の羅列の一つでも間違って実行すると「暴走」してとめられなくなるので非常に神経を使い、カセットテープにセーブを繰り返しつつ深夜に及ぶ打ち込み作業を行っていました。
 この作業のおかげで、今でもワープロを打つのが早かったりします(笑)。世の中何が幸いするか分かりません。
 そのMSX、一言で言えばいまからみればしょぼい!今のパソコンを人間とすれば、まさに進化の過程からするとミジンコレベル。カセットテープのゲームをロードする際、長いプログラムだと30分かかるのは当たり前。数本に分かれたカセットテープで途中で止まったりするとやり直し。画面も、ゲームで漢字表記が出来ないのですべてカタカナとか。カートリッジタイプのゲームもファミコンの方が動きもグラフィックも滑らかだったりして、中途半端なパソコンとも思われています。
 そのMSXはまもなくMSX2という後継機に引き継がれ、いつしか消えていきました。僕のMSXも故障を繰り返し、今では手元にありません。しかし、その意義は大きいと思います。当時の大人たちは、パソコンをやっていると「何を遊んでいるのか」と怒っていましたが、パソコンが無ければ生活できないようになった今にしてみれば、当時、MSXで始めてパソコンに触った僕(および多くの人たち)にとっては、きわめて大きな意義があったと思います。
 大人になってパソコンを始めた同世代の友人たちは、今でも困っているみたいです。もう少し下の世代では、こんな現象は無いんでしょうがね(笑)。
posted by きよくん at 19:45| パソコン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする