2006年04月06日

蒲生風呂

 やっと年度末・年度初めの面倒な行事=卒業式・入学式などが終わり、ようやくブログを書く暇が出来ました。

 今日は、大ファンの戦国武将の一人、蒲生氏郷について。
 周知のとおり信長の娘婿ですが、文武両道の名将であることはいまさら書くまでもありません。決戦Vでは不調のときも使ってました(笑)。いろんな技を覚えますからね。氏郷の隕石とか変化とかなかなかオツなものでした。
 
 そんな氏郷の中で最も好きな話が・・・ 題名の「蒲生風呂」です。
 これは、近江在住時代、領土が狭かったので、功績を挙げた部下に金や領土を分け与えるのが困難なので、代わりに、その部下を自宅に宴席に呼んで、自ら風呂を沸かして風呂に入れてやったということで、部下は感激し、蒲生風呂に入ることを目指していっそう励んだという話です。
 
 領土・金は限界があるので、それ以外の物に価値を付け加えて褒美とすることは、義父の織田信長が「茶器」を褒美とすることで行ってます。しかし、風呂は、物ですらありません。その意味では心と心のつながりを重視したと言えるでしょうし、それで納得・感激した部下たちも純粋な人たちだったんでしょうか。ただ、普段から嫌われている上司が風呂を炊いても、ケチといわれるだけでしょうから、やはり氏郷は普段から慕われて尊敬されていたんでしょうね。
 それでも僕だったら「風呂はいいから金をくれ」と言いたいところですけど・・・(笑)。
 
 氏郷があと10年長く生きていれば、天下を取れたかもしれません(ただ、会津に飛ばされた時点で本人は絶望してましたが)。いさかいを起こした伊達政宗と連合して、スペインをバックとした奥羽政権樹立とか。氏郷はキリシタンだったので、十分可能だったと思います。

posted by きよくん at 15:04| 戦国大名 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする