2006年03月27日

三国志占いと司馬氏

 今日は、アオさんのちょっと前の記事にあった三国志占いをやった結果について・・。
 
 それによると、僕は・・・「司馬師子元」ということで、それによると、

「平成の世のあなたの君主っぷりは冷徹に経営を拡大する社長だぜ!

紫虚上人曰く:あなたは運だけでも世の中渡って行けるぞよ
水鏡先生曰く:無駄なことに労力を使わないタイプじゃな。
諸葛亮孔明曰く:型破りの天才ですな!ムフフフ。
夏侯惇将軍曰く:あまり運動してないタイプだな!
孟達曰く :自分を過信した軽率な転職には要注意だぜ!」

当たっているような・・・。孟達には言われたくないような・・・。
でも、司馬師ということ自体ビミョー。

 さて、司馬師ついでに司馬氏について書くと、三国志に登場するのは、司馬懿、司馬師、司馬昭で、晋の初代皇帝司馬炎となるわけですが、基本イメージは「陰険!暗い!やっていることは最悪」です。この陰湿さを物語る話として、晋成立後の皇帝(誰か忘れた)が、皇帝即位後、晋の成立のいきさつを知ったところ、「自分はこんな陰険な方法で成立した王朝の皇帝なのか」と大ショックを受けてしまったということがあります。

 魏ファンである僕としては魏をのっとったので嫌いかと思いきや好きなんです。この暗さ。権力というのは所詮はこの暗い部分があります。

 とくに司馬懿は好きです曹爽との権力争いでは9年間自宅に引きこもっていたとされますが、大学院時代、研究のため8年間自宅に引きこもっていた僕と共通するものがあります(笑)。

 じっと目立たないようにじっくり機会を待って、249年のクーデターで権力を手中にしましたが、とくにあの「横山三国志」でも書かれている、ボケ老人を演じた司馬懿の名芝居は、まさに素晴らしいの一言です。その芝居や、さらにクーデター後に「罰しないから帰っておいで」という嘘にだまされる曹爽は、やはり滅ぶべくして滅んだかと。

 この「待つ」姿勢、ちょっと家康に似てます。三国時代の英雄が戦国時代の誰と似ているかというベタなネタはいつかやりますが、司馬懿=家康だと思います。結局長生きした者の勝ちです
 
 人物について、後代の評価では、司馬懿は表面上は大人物を装っていたが、実は狭量な小人物であったとされてます。

 しかし、最近は司馬懿の再評価が進んでるみたいですね。少なくとも首が180度回るのは便利です。ウチで飼っていたインコみたいです。それほど首が柔軟ならば、寝違えることは無いでしょう。

 それにしても司馬家全体は運が強い!その強運を何より物語るのは、諸葛亮の北伐の際の例の「魏延とまとめて焼き殺す作戦」失敗に現れています。あそこで雨が降らなければ、中国・世界の歴史は変わっていたと思われます。そういえば邪馬台国に「親魏倭王」の印と鏡を与えたのは司馬懿の献策だったとか。公孫淵を滅ぼしてさらに高句麗に攻め入って魏領を拡大したのも司馬懿です。日本・朝鮮半島・東アジア全体の歴史も左右したという点では諸葛亮よりも大人物でしょう。

 それにしてもあの「ふははは・・・・・・・」という笑い方とナルシストぶり、花形満を彷彿とさせます。司馬懿ビームは諸葛亮ビームよりも使いやすく、あっという間に無双モードをクリアしました。
 
posted by きよくん at 17:29| 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする