2006年03月06日

ギエンの野望 ギレンの野望ではない(笑)

 最近三国志ネタ続きですが、ご容赦ください(笑)。
 今日は、趙雲殿からバトンを引き継いで、魏延文長殿について。
 あっ 土曜日に、ケーブルテレビのチャンネルNECOでアニメ三国志を一気に放送してましたが、疑問点が多々あり。史実ごちゃごちゃ。とくに、左慈が大活躍(!?)。あれはあれで、一つの作品ですけど・・・。
 さて、魏延ですが・・・かなり好きです。
 史実では別に悪人ではありません。楊儀との権力争いに負けただけで、蜀・劉禅に反乱を起こしたわけではありません。
 しかし、演義ではご存知のとおりの悪人です。推測するに、北伐での諸葛亮との意見の相違や、諸葛亮死後のごたごたで負けたことから、スーパーヒーローである諸葛亮を際立たせるための蜀陣営内での悪役、光としての諸葛亮に対する影とされたことが原因と思われます。その「諸葛亮は何でもお見通し」伝説の魏延に対する最初のあてはめは、まさしく、劉備の長沙攻めにおいて韓玄を倒して降伏してきたときの「反骨の相」の話です。しかし、他の主を見限って劉備陣営に帰属した武将は山ほど居ます。ちょっと後に降ってきて、魏延とともに蜀の主力となったのに、魏延とは違って諸葛亮お気に入りとなった王平なんて、徐晃と喧嘩して自分の責任を逃れるため魏を裏切ってきてます。
 ただ、この反骨の相の話は創作だとしても、諸葛亮と魏延の間はそれほどしっくりいっていなかったことはたしかで、これは、たたき上げの武人の魏延と、典型的学者の諸葛亮との肌合いの違いと言ったところと思われますが、さらに言えば、諸葛亮は魏延を使いこなすほどには器が大きくなかったと思われます。
 たしかに、孫権も知っているほど変人で性格に問題があったことは否定できませんが(笑)、関羽も張飛も性格に問題があったことから、それほど大きな欠陥とは思えません。むしろ、職人肌の一本気さの表れと考えます。
 真・三国無双4でも魏延が嘆いていますが(笑)、そもそも、親分肌の劉備は魏延を認め、魏延も劉備には忠誠心を持っていました。劉備が漢中太守に任命したことからしても、武将としての能力とともに、行政力(統率力)も高く評価されていたと思います。韓信を尊敬し、自分のことを韓信になぞらえていたことからも、武力だけの人間ではないと思います。太守をしていたのに、真・三国無双におけるあのキャラは何でしょうか?あれでは、太守どころか日常生活も出来ません(笑)。
 蜀への侵攻では主力として活躍、太守就任に先立つ漢中争奪戦では矢で曹操の前歯を折る(土曜日のアニメでは黄忠が矢をうったことになっていて魏延は登場すらしませんでした・・・)など素晴らしい功績です。南蛮においては諸葛亮の命令を忠実にこなし、わざと負け続ける命令も堅実に遂行し、諸葛亮に絶賛されています。 
 北伐においても王双を計略的行動で破って曹真が「うーん」と卒倒したり(笑)、司馬懿親子(+自分も)をおびき寄せたり、その作戦遂行力と武力は、カス武将ばかりになりつつあった蜀においてはかけがえのないものでした。
 子午谷経由で長安を急襲する策をとっていたら、ひょっとして蜀が勝っていたかもしれない・・・そう思うと、諸葛亮、やはり器が小さいのか(孔明ファンには申し訳ない(笑))。
それにしても、演義では孔明の祈祷を妨害したり、最後は馬岱に斬られて楊儀にふんずけられたり、散々です。その影響で今も中国では不人気ということを中国人から聞きましたが、どうせそうなるなら、楊儀なんかほっといて魏に降ってまた再度裏切るとか、劉禅との上表合戦なんかしないで速攻で楊儀を斬って漢中をのっとるとかしたら魏延が皇帝になり「ギエンの野望」となったかもしれませんね。なんか、魏延が皇帝って、ちょっと嫌な国ですが・・・(笑)。

 なお、僕は、ガンダムは第一シリーズについて山のようにプラモデルを作ったくらいで、その後はフォローしてません。「ヤマト」派でしたので・・・。
posted by きよくん at 18:08| 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする