2006年01月21日

三国志 曹丕2  名君・曹丕

 前回は、曹丕の悪口を先に書きましたが、もちろんただのワルではありません(笑)。今日は、曹丕シリーズ2として、名君・賢明な君主としての曹丕です。
 初代皇帝、事実上の二代目として、それなりの人物でなければ国・権力は続きません。それは、劉禅を見るまでもないことですが。武力では曹彰、文学では曹植が上といえますが、それでも曹丕が跡継ぎになったのは、もちろん(兄亡き後)長子というのもありますが、徳川幕府が初期の「武」から「文」の時代へと移行し、守成の時代に秀忠が適していたように、三国時代が英雄の時代からうつろいつつあったからと思います。その時代は、国を固める能力を持った堅実で有能な人物が出てきます。ただ、派手さが無いのでどうしても物語的には扱いが小さくなるのでしょうが。



 内政面で重要なのは、曹丕のもとで陳羣が整備した「九品中正法」。これは新・官僚制度で、魏滅亡後も存続し、科挙制度につながりました。このこと、意外と扱い小さいような気がします。世界史の教科書に載っていたかな(世界史はとっていないのであやふやです)。大学の行政法の授業ではしっかり力説しておきましたが、学生の反応はいまいち(当たり前か(笑))。
 あと、曹丕の文才は、曹操と曹植にはさまれて目立ちませんが、かなりのものであることは間違いないです。中国人留学生によると、現代中国でも、曹丕も高い評価を受けているそうです。ただ、順序は 1 曹植 2 曹操 3 曹丕 らしいですが(笑)。ただ、天才である曹操と、杜甫以前の「詩聖」曹植と比べてはかわいそうです。
 高校時代の漢文の授業では、曹植の「七歩の詩」は習ったのですが、その授業で、先生は(多分三国志のことをあまり知らないで)、曹丕のことを、純粋に兄弟愛を求める弟をいじめる意地悪なお兄さんとして紹介されていました。なんか源頼朝みたいですね。たしかに意地悪は意地悪なんですが、しかし、クラスに多数居た三国志ファンの中では、曹丕が怒るのももっともだという意見が主流で、曹植は不評でした。これも横山「三国志」での、あの飲んだくれの姿の影響でしょう。細かいことを言えば、漢詩関連で注目は、曹植の詩はほとんど五言詩であるのに比べ、曹丕は七言詩も書いていること。七言詩の方が歴史的には新しい、つまり、形式的には曹丕の方が先を行っていたということになります。
 なお、曹丕は、漢詩では父と弟に一歩譲るものの、「典論」で、「文章は経国の大業にして、不朽の盛事なり」と述べたのは有名です。この「経国思想」は日本にも伝わって、平安中期に史書・漢詩文ブームが起こりました。日本史の授業では菅原道真とか、空海とかが代表者と教えてくれまして、「経国思想」という言葉も教わりましたが、その出所が曹丕とは教えてくれませんでした。こんなマニアックな知識高校生には不要でしょうが。かの蒋介石のご子息、台湾の元総統「蒋経国」の名前はここからとっているのですが、1700年経っても中国では不朽の名言なんでしょうね。



 したがって、トータルで言えば、曹丕は魏の初代皇帝としては、善悪ともに、父に迫るくらいの人物であったとは思います。しかし、司馬家(仲達だけでなく息子たちも)の正体を見抜けなかったのはなぜでしょうか(ただ、次回書くように、ゲーム中ではそれを見抜いていたようですが(笑))。やはり仲達は大狸だったということか。あと、蜀を裏切ってきた孟達(ごとき(!))をお気に入りとして、自ら丸腰の状態で同じ車に乗せるとは、ちょっといろんな意味で軽率かと・・・。人の好き嫌いが激しかったのかもしれないです。
 おろかな人物を「暗愚」といいます。たとえば劉禅など・・・。この図式でいくと、曹丕の場合、暗くて賢い「暗賢」な君主だとも言えます。曹丕シリーズ、勝手に盛り上がって第三章・完結へ続く。

以下、どうでもいい話。真・三国無双4 趙雲・曹丕で無双モードクリアーしてましたが、先ほど凌統で「クリアーしたっつーの」(by凌統 笑)。

posted by きよくん at 15:37| 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする