2006年01月18日

真・三国無双4 くらーい曹丕

 いきなりですが、最近、真・三国無双4をようやく真剣にやり始めました。発売同時に買ったものの、仕事が忙しい上に (以下は半分冗談です)寝るのも漫画を読むのもテレビを見るのも忙しい日々。
 その前に買った「決戦V」に半年とられ、「GTジョッキー」に3ヶ月。合間を縫って「風雲 幕末伝」と「三国無双3Empires」、「太閤立志伝X」「F1キャリアチャレンジ」「サッカーライフ」「マイホームを作ろう!2匠」「THE 任侠」「THE ジェットコースター」 やりきれません・・・。
 というわけで久方ぶりにやり始めたので、少し真・三国無双ネタが増えると思います。
 前回の官渡の戦いネタを受けて、今日は、大魏国初代皇帝文帝の曹丕子桓どのに登場願う次第です。
 横山「三国志」をみるに、ちょっと気の強い凡庸なおじさんみたいですが、徳川秀忠と結構かぶっていると思うのは僕だけでしょうか。母が側室であったこと、兄・曹昂が死んだことで跡継ぎとなったこととか、偉大な父と才気煥発な弟達に挟まれたこととか。軍事的才能も秀忠同様いまいちのような気がします。呉の濡須に出陣してこてんぱんにやられ、赤壁クラスの負け方をしたり。
 弟の曹沖が生きてたら、曹丕の跡継ぎの座も、さらには曹沖に継がせたいばかりに曹操が袁紹みたいになって魏も危なかったかも。
 しかしまあ、周知のとおり曹丕の評判はかなり悪い!甄姫を嫁にしちゃったこと、後漢から事実上簒奪したことや、蜀が正統とする考えからすれば憎い敵だし、また、劉備びいきの演義の影響だと思いますが、本当に怖いほど暗い御仁であったことも否定しがたいです。
 まず曹植追放はその最たるものですが有名なのでここではあえて書きません。
 続いて弟の曹熊に詰問の使者を送って自殺に追い込んだ話。
 さらに横山「三国志」には書かれてませんでしたが、曹彰の急死についても怪しいです。曹丕は即位後、曹彰の強さを恐れ、また、ねたんでいたため、都に呼び出した際に兄弟仲良く碁を打っていた最中、こっそりと曹彰の好物のナツメに毒を塗っておいて、毒殺した、とされています。それも、手の込んだことに、毒ナツメを食べた曹彰に水を飲ませて吐き出させないように、井戸の水をくみ上げる釣瓶を破壊しておくという周到さ。どこまで本当かは不明ですが、いやー、この周到さ、惚れ惚れさえしますね。これなら完全犯罪も可能です。古畑任三郎くらいしか解けません。そもそも、目前で碁を打っている相手、それも弟を毒殺するとは。徳川家光も真っ青です。毒を使うあたり、大奥の勢力争いみたいです。それにしても弟2人殺すとは。
 陰険伝説をさらに挙げると、関羽に負けて、その後せっかく呉経由で魏に戻ってきた于禁の扱い。失態を演じはしたものの功臣である、やつれ果てた于禁を、表面上ねぎらいつつ、その降伏の場面をわざと描かせておいた曹操の墓に参拝させて憤死させ、その諡(おくりな)に
災い候という意味の言葉を贈るとは(原語(中国語)を書くと、多分コードの関係で文章が崩壊するので書けません)。死者に鞭打つとはこのこと。「三国志」や「演義」で劉備善人説を引き立たせるための誇張の挿話と思いきや、かなり後の書物『資治通鑑』で、「君主のやることではない」と批判されているところをみると実話で、本当に大人気ないです。
 また、若い頃に借金を申し込んで断られたことを根に持って、皇帝になった後で、叔父上曹洪の位を剥奪するとは、本当に困った二代目です。このあたり、なんとなく信長の林通勝(秀貞)追放とも似てますけど。まあ、偉そうなおじさんは目障りですし、お金の恨みは怖いのですが、ただ、根本的疑問は、金持ちの曹操の息子なのに叔父にお金を借りようとするとは、何にいくらお金を使っていたんでしょうか。曹操が子育てを厳しくしていて贅沢させなかったんでしょうか。それとも親に言えない使い道か?とか考えます。
 ああ、なんて暗くて陰険なんでしょう!しかしそのくらいでなければ君主たるものやっていけません。マキャベリ「君主論」を1300年早く地で行くとは、なかなかの傑物です。あの劉邦だって、皇帝になった後は猜疑心の固まりとなりました。
 暗さも極まれば明るくなる。ブラックホールはホワイトホールにつながる(?)。長くなってきたのでこの続きは次回ということに。
 
posted by きよくん at 18:59| 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする