2006年01月16日

真・三国無双4 曹操と袁紹 官渡の戦い 

こんばんは。

 今日は、というかちょっと趣向を変えて官渡の戦いについて。
一般にというか、ちょっと見には、三国志の天下分け目の関ヶ原は「赤壁の戦い」とされることも多いのですが、あれは、曹操が負けて天下統一を逃したので、その意味では関ヶ原とは違うかも。むしろ、三国志における天下分け目は「官渡の戦い」だったように思います。しかしこの官渡の戦い、なぜか影が薄い。それは、「横山光輝 三国志」から三国志に入った(僕もそうですが)日本人が多いからではないでしょうか。なんてったって(アイドルではないですよ=古!)、20巻の冒頭でちょこっと触れているだけです。劉備には直接的には関係無いからっていっても、あんまりな気が・・・。
 戦いは、曹操は兵力・国力が劣るのと、戦上手だったので短期決戦を望んでいたため、袁紹の参謀の田豊は中期的な戦略をとることを進言したのに、袁紹が結果的には間違った選択。ここが分かれ目でした。もっと悲惨なのは、敗戦後に八つ当たりで殺された田豊ですが・・・。戦争自体は、美しい曹操軍に魅せられたのか(笑)張コウ(原稿では漢字やっと出したのに、ブログでは消えてしまう!)・高覧らの裏切り(武帝紀と袁紹伝では二人の裏切りで袁紹軍が負けたことになってますが、張コウ伝では、戦後に郭図による讒言を恐れてとされてます)、曹操の旧友・許攸が兵糧のありかをばらしたため、烏巣に駐屯していた淳于瓊を襲い、兵糧を焼いて事実上終了。裏切りが決定的だったのも関ヶ原と似ているといえば似ています。
 真・三国無双4では、烏巣襲撃時の袁紹のびっくりして裏返った声がちょっとお間抜け。曹丕と甄姫でやると、ホストクラブのような「あまーい」(by スピードワゴン)ささやきイベントが見られるが、そのあたりは曹丕について書くときに書きます。それにしても劉備、一応ゲーム上官渡の戦いに出陣してますが、情けないなー。 名族・名門であらせられる袁紹についてもまた書きますが、この戦いでの袁紹軍は武将でやはりちょっと見劣りします。さらに、この戦いとその後のぼろぼろぶりで歴史上も大きく評価を落としてますが、袁紹は決して無能じゃない、とは思ってます。
posted by きよくん at 19:34| 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする