2006年01月27日

愛すべき歴史上の人物

前回、ちょっと自己紹介を書きましたが、実は、あえて尊敬する人物・好きな人物とかを書きませんでした。歴史ブログにふさわしく、その人物と、ほんの短い寸評を書こうと思います。

※ 昭和以降の人物は、政治的内容を含んでしまって差し障りもあるので略します(笑)。ブログは政治的・宗教的中立をモットーとしてますので。

歴史上の「素晴らしい」と特に思う人物(時代順)

1 曹操孟徳  天才! 悪役として書かれているが、実は人間的魅力はあったはず。
2 織田信長  言うまでもありません。
3 田沼意次  必要以上に悪く書かれてますが、開明的な民営化路線は現代に通用します。
4 井伊直弼  この人が居なければ今の日本はありません。あの肖像画はちょっと悪人すぎませんかねぇ。
5 大久保利通 明治国家の基礎を作ったのはこの人ですが、薩摩では西郷どんを殺した悪役扱いで、僕も、普段は、なかなか好きだといえません。

その他、好きな人物 

※ 山ほど居ますが思いつくままに(日本・中国限定)。怖い人・悪人とされる人多数。微妙な人も混じってます。微妙な人についての理由は想像にお任せします(笑)。

韓信、姜維、曹丕、張遼、天智天皇、後白河法皇、和田義盛、足利義教、松永久秀、
前田利家、伊達政宗、蒲生氏郷、藤堂高虎、島津家の人々(笑)、坂本龍馬、伊藤博文、
榎本武揚、陸奥宗光。

その他、ファンである人物(スポーツ選手限定)
おまけです。
 1 千代の富士  いろいろ週刊ポ○トとかで書かれてましたが、ダーティさも含めて好きです。相撲を30年見た中で最強横綱です。朝青龍はまだまだ。
 2 桑田真澄  高校時代から大ファンです。学生時代、巨人ファンのサークルで出していた学園祭の模擬店に「女性と」来てくれました(笑)。
 3 森島寛晃 ご存知ミスターセレッソ。Jリーグ一腰が低い。ヒーローなのにジャージでジャスコに行くのはやめてくれ!
 4 ミハエル=シューマッハ 赤い皇帝! 世界一の年俸で言うこと無し。毎年ジェット機を買うとはなんとうらやましい。 
 5 シンボリルドルフ(笑) 誇り高き皇帝!見た中では当然最強馬。天皇賞・秋でギャロップダイナに負けたときに泣いていた姿は・・・美しい(by 張コウ)

番外

 先日、「金貸商人」から「借り入れ」を行い、居城以外に「領土・支城」を獲得いたしました。領民が20名、年貢が「1公9民」程度です。これで「石高」が2倍になりました。三国志の英雄、日本の戦国大名がなぜ領土を拡大していったか、気持ちが少し分かりました。領国経営はいろいろなことが生じると思いますが、さらなる拡大路線をとりたいと思います。(何をどうしたか、現代語では書きません(いろいろあって書けません)ので、読まれた方は現代語に翻訳して考えてみてください(笑))
posted by きよくん at 19:19| 歴史総合 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月25日

三国志 曹丕3・完結編 ゲームでの曹丕

 さて、この曹丕シリーズ、長くなってきましたがようやく完結編。ゲームでの曹丕を書きます。
 ゲームでは、三国志の第一シリーズでは、知力74で武力92って、逆じゃないか?と思ったり、なぜか曹操配下において忠誠度が98ということで劉備あたりの高カリスマ君主で引き抜けてしまうというめちゃくちゃな現象がありました。曹丕、さらに孫権を配下にして親兄弟と戦わせるのはオツなものでした。しかし三国志も]になると知力武力ともほぼ妥当とも思われる数値になってますが、もっとも史実に忠実なのは、むしろ懐かしの「ナムコ 三国志」でしょう。武力が大変低いです。
 それらのゲーム上ではなんとなく地味だった曹丕ですが、殻を破ったのは、なんと言っても真・三国無双4。初めて見たとき衝撃を受けました。悪役キャラを極めるとかっこいい・「美しい」(笑)。「踏み潰せ」「跪け」「消えろ」…。なんとナルシスト。キャラでは曹操を超えてます。ここまでキャラを立てるとは、コーエーには脱帽です。父・曹操をことあるごとに矮小化する発言も素晴らしい。「官渡の戦い」での甄姫とのやりとりは、ホストクラブか、午後1時30分からの昼メロか。その求愛に答える甄姫は、悪いやつと分かっていても惹かれていく女心か…。ただ、史実では、甄姫も後の方で「郭氏」の登場によって曹丕の愛が移ろってしまうあたり、かわいそうといえばかわいそうです。甄姫の息子の曹叡が即位して「郭氏」に復讐するあたり、なんとなく曹叡が家光っぽいとも思うのですが(家光の場合は、もちろん実の母を嫌っていたので異なりますが)。曹叡はゲーム中では雑魚キャラ扱いですね。父親である皇帝曹丕に対しても「勝てそうですぜ!」って他の武将と同じセリフだし、そもそも言葉遣いがやくざの「でいり」みたいです。あえてそばに居て「よく吠える虎」ごときの孫権に討ち取らせてみたところ「すんません」って、なんか、親分のかわりに突っ込んであっさりやられた鉄砲玉みたいな・・・。
 
 話を曹丕に戻すと、曹丕の史実での冷酷さを極めたのがこのキャラでしょうか。ただ、あの悪そうな美男ぶりはまた凄いですね。この間ゲームをやっていたら、横で見ていた母が、「なんで柳沢吉保が三国志のゲームに出ているの?」といいました。そうです、「大奥 華の乱」での「北村一輝」演じる「柳沢吉保」に話し方までそっくりです。ただ、ゲーム発売時点は「大奥 華の乱」放送開始前なんで、「大奥 初代シリーズの 徳川家定」をモデルにしたんでしょうか。北村一輝は「夜王」にも出ていますが、やはりそっくりです。
 衣装も、モデル2の「白い曹丕」がいいですね。本当に結婚式の新郎かホストみたいです。ここは的盧に乗せたいところですね。もはや「白馬に乗った王子様」としか見えません。官渡の戦いで白馬をかっぱらってから「戦場に咲く徒花」甄姫のもとへ言って甘いセリフをはけば、そりゃぁ、甄姫だって、袁家と滅びるより曹丕のもとで咲き誇りますよね(ネタバレ注意)。
 ゲームの扱いやすさもまあまあ。ちょっと攻撃範囲が狭い気もしますが、「跪け」と無双乱舞でクールに回転しまくってくれます。ただ、無双モードでそのまま進むと、街亭の戦いくらいまでは何とかなるのですが、強化が追いつかないまま五丈原の戦いになって、ぼこぼこにされてしまいます(下手なだけでしょうか)。魏延の野郎、馬岱とつるんで「我レ…闘イ…求ム…」とはふざけやがって。234年に馬岱に後ろから殺される運命なんですよ、と教えてあげたい(笑)
 本当はフリーモードで強化せずに最後まで行きたかったのに、結局、官渡の戦いでトレーニングしてクリアしました。圧巻は合肥新城の戦いですね。最初のムービーで、曹操の覇業を継ぐことになると言いかけた司馬懿を制して「違うな。曹孟徳の後を継ぐのではない。私はこの私としてただあるがままの天をつかむのだ」とは、自らのアイデンティティの確立の宣言でしょう。そしてクリア後のエンディングでは、天下統一したにもかかわらず司馬懿に対して「あるいは治世のまま奪われるか」「私の目の届かぬ世となったら、お前の好きにするがよい」。司馬懿の芝居(しばい)もお見通しとは、さすが!

 ああ、大変長くなりました。曹丕シリーズはこれで終わります。結局、僕は曹丕(的な冷たい側面のある君主)、好きなんです。やさしいだけでは権力者は務まらない、ということで。この曹丕シリーズ、お付き合いいただいてありがとうございました。


posted by きよくん at 14:45| 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月21日

三国志 曹丕2  名君・曹丕

 前回は、曹丕の悪口を先に書きましたが、もちろんただのワルではありません(笑)。今日は、曹丕シリーズ2として、名君・賢明な君主としての曹丕です。
 初代皇帝、事実上の二代目として、それなりの人物でなければ国・権力は続きません。それは、劉禅を見るまでもないことですが。武力では曹彰、文学では曹植が上といえますが、それでも曹丕が跡継ぎになったのは、もちろん(兄亡き後)長子というのもありますが、徳川幕府が初期の「武」から「文」の時代へと移行し、守成の時代に秀忠が適していたように、三国時代が英雄の時代からうつろいつつあったからと思います。その時代は、国を固める能力を持った堅実で有能な人物が出てきます。ただ、派手さが無いのでどうしても物語的には扱いが小さくなるのでしょうが。



 内政面で重要なのは、曹丕のもとで陳羣が整備した「九品中正法」。これは新・官僚制度で、魏滅亡後も存続し、科挙制度につながりました。このこと、意外と扱い小さいような気がします。世界史の教科書に載っていたかな(世界史はとっていないのであやふやです)。大学の行政法の授業ではしっかり力説しておきましたが、学生の反応はいまいち(当たり前か(笑))。
 あと、曹丕の文才は、曹操と曹植にはさまれて目立ちませんが、かなりのものであることは間違いないです。中国人留学生によると、現代中国でも、曹丕も高い評価を受けているそうです。ただ、順序は 1 曹植 2 曹操 3 曹丕 らしいですが(笑)。ただ、天才である曹操と、杜甫以前の「詩聖」曹植と比べてはかわいそうです。
 高校時代の漢文の授業では、曹植の「七歩の詩」は習ったのですが、その授業で、先生は(多分三国志のことをあまり知らないで)、曹丕のことを、純粋に兄弟愛を求める弟をいじめる意地悪なお兄さんとして紹介されていました。なんか源頼朝みたいですね。たしかに意地悪は意地悪なんですが、しかし、クラスに多数居た三国志ファンの中では、曹丕が怒るのももっともだという意見が主流で、曹植は不評でした。これも横山「三国志」での、あの飲んだくれの姿の影響でしょう。細かいことを言えば、漢詩関連で注目は、曹植の詩はほとんど五言詩であるのに比べ、曹丕は七言詩も書いていること。七言詩の方が歴史的には新しい、つまり、形式的には曹丕の方が先を行っていたということになります。
 なお、曹丕は、漢詩では父と弟に一歩譲るものの、「典論」で、「文章は経国の大業にして、不朽の盛事なり」と述べたのは有名です。この「経国思想」は日本にも伝わって、平安中期に史書・漢詩文ブームが起こりました。日本史の授業では菅原道真とか、空海とかが代表者と教えてくれまして、「経国思想」という言葉も教わりましたが、その出所が曹丕とは教えてくれませんでした。こんなマニアックな知識高校生には不要でしょうが。かの蒋介石のご子息、台湾の元総統「蒋経国」の名前はここからとっているのですが、1700年経っても中国では不朽の名言なんでしょうね。



 したがって、トータルで言えば、曹丕は魏の初代皇帝としては、善悪ともに、父に迫るくらいの人物であったとは思います。しかし、司馬家(仲達だけでなく息子たちも)の正体を見抜けなかったのはなぜでしょうか(ただ、次回書くように、ゲーム中ではそれを見抜いていたようですが(笑))。やはり仲達は大狸だったということか。あと、蜀を裏切ってきた孟達(ごとき(!))をお気に入りとして、自ら丸腰の状態で同じ車に乗せるとは、ちょっといろんな意味で軽率かと・・・。人の好き嫌いが激しかったのかもしれないです。
 おろかな人物を「暗愚」といいます。たとえば劉禅など・・・。この図式でいくと、曹丕の場合、暗くて賢い「暗賢」な君主だとも言えます。曹丕シリーズ、勝手に盛り上がって第三章・完結へ続く。

以下、どうでもいい話。真・三国無双4 趙雲・曹丕で無双モードクリアーしてましたが、先ほど凌統で「クリアーしたっつーの」(by凌統 笑)。

posted by きよくん at 15:37| 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月18日

真・三国無双4 くらーい曹丕

 いきなりですが、最近、真・三国無双4をようやく真剣にやり始めました。発売同時に買ったものの、仕事が忙しい上に (以下は半分冗談です)寝るのも漫画を読むのもテレビを見るのも忙しい日々。
 その前に買った「決戦V」に半年とられ、「GTジョッキー」に3ヶ月。合間を縫って「風雲 幕末伝」と「三国無双3Empires」、「太閤立志伝X」「F1キャリアチャレンジ」「サッカーライフ」「マイホームを作ろう!2匠」「THE 任侠」「THE ジェットコースター」 やりきれません・・・。
 というわけで久方ぶりにやり始めたので、少し真・三国無双ネタが増えると思います。
 前回の官渡の戦いネタを受けて、今日は、大魏国初代皇帝文帝の曹丕子桓どのに登場願う次第です。
 横山「三国志」をみるに、ちょっと気の強い凡庸なおじさんみたいですが、徳川秀忠と結構かぶっていると思うのは僕だけでしょうか。母が側室であったこと、兄・曹昂が死んだことで跡継ぎとなったこととか、偉大な父と才気煥発な弟達に挟まれたこととか。軍事的才能も秀忠同様いまいちのような気がします。呉の濡須に出陣してこてんぱんにやられ、赤壁クラスの負け方をしたり。
 弟の曹沖が生きてたら、曹丕の跡継ぎの座も、さらには曹沖に継がせたいばかりに曹操が袁紹みたいになって魏も危なかったかも。
 しかしまあ、周知のとおり曹丕の評判はかなり悪い!甄姫を嫁にしちゃったこと、後漢から事実上簒奪したことや、蜀が正統とする考えからすれば憎い敵だし、また、劉備びいきの演義の影響だと思いますが、本当に怖いほど暗い御仁であったことも否定しがたいです。
 まず曹植追放はその最たるものですが有名なのでここではあえて書きません。
 続いて弟の曹熊に詰問の使者を送って自殺に追い込んだ話。
 さらに横山「三国志」には書かれてませんでしたが、曹彰の急死についても怪しいです。曹丕は即位後、曹彰の強さを恐れ、また、ねたんでいたため、都に呼び出した際に兄弟仲良く碁を打っていた最中、こっそりと曹彰の好物のナツメに毒を塗っておいて、毒殺した、とされています。それも、手の込んだことに、毒ナツメを食べた曹彰に水を飲ませて吐き出させないように、井戸の水をくみ上げる釣瓶を破壊しておくという周到さ。どこまで本当かは不明ですが、いやー、この周到さ、惚れ惚れさえしますね。これなら完全犯罪も可能です。古畑任三郎くらいしか解けません。そもそも、目前で碁を打っている相手、それも弟を毒殺するとは。徳川家光も真っ青です。毒を使うあたり、大奥の勢力争いみたいです。それにしても弟2人殺すとは。
 陰険伝説をさらに挙げると、関羽に負けて、その後せっかく呉経由で魏に戻ってきた于禁の扱い。失態を演じはしたものの功臣である、やつれ果てた于禁を、表面上ねぎらいつつ、その降伏の場面をわざと描かせておいた曹操の墓に参拝させて憤死させ、その諡(おくりな)に
災い候という意味の言葉を贈るとは(原語(中国語)を書くと、多分コードの関係で文章が崩壊するので書けません)。死者に鞭打つとはこのこと。「三国志」や「演義」で劉備善人説を引き立たせるための誇張の挿話と思いきや、かなり後の書物『資治通鑑』で、「君主のやることではない」と批判されているところをみると実話で、本当に大人気ないです。
 また、若い頃に借金を申し込んで断られたことを根に持って、皇帝になった後で、叔父上曹洪の位を剥奪するとは、本当に困った二代目です。このあたり、なんとなく信長の林通勝(秀貞)追放とも似てますけど。まあ、偉そうなおじさんは目障りですし、お金の恨みは怖いのですが、ただ、根本的疑問は、金持ちの曹操の息子なのに叔父にお金を借りようとするとは、何にいくらお金を使っていたんでしょうか。曹操が子育てを厳しくしていて贅沢させなかったんでしょうか。それとも親に言えない使い道か?とか考えます。
 ああ、なんて暗くて陰険なんでしょう!しかしそのくらいでなければ君主たるものやっていけません。マキャベリ「君主論」を1300年早く地で行くとは、なかなかの傑物です。あの劉邦だって、皇帝になった後は猜疑心の固まりとなりました。
 暗さも極まれば明るくなる。ブラックホールはホワイトホールにつながる(?)。長くなってきたのでこの続きは次回ということに。
 
posted by きよくん at 18:59| 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月16日

真・三国無双4 曹操と袁紹 官渡の戦い 

こんばんは。

 今日は、というかちょっと趣向を変えて官渡の戦いについて。
一般にというか、ちょっと見には、三国志の天下分け目の関ヶ原は「赤壁の戦い」とされることも多いのですが、あれは、曹操が負けて天下統一を逃したので、その意味では関ヶ原とは違うかも。むしろ、三国志における天下分け目は「官渡の戦い」だったように思います。しかしこの官渡の戦い、なぜか影が薄い。それは、「横山光輝 三国志」から三国志に入った(僕もそうですが)日本人が多いからではないでしょうか。なんてったって(アイドルではないですよ=古!)、20巻の冒頭でちょこっと触れているだけです。劉備には直接的には関係無いからっていっても、あんまりな気が・・・。
 戦いは、曹操は兵力・国力が劣るのと、戦上手だったので短期決戦を望んでいたため、袁紹の参謀の田豊は中期的な戦略をとることを進言したのに、袁紹が結果的には間違った選択。ここが分かれ目でした。もっと悲惨なのは、敗戦後に八つ当たりで殺された田豊ですが・・・。戦争自体は、美しい曹操軍に魅せられたのか(笑)張コウ(原稿では漢字やっと出したのに、ブログでは消えてしまう!)・高覧らの裏切り(武帝紀と袁紹伝では二人の裏切りで袁紹軍が負けたことになってますが、張コウ伝では、戦後に郭図による讒言を恐れてとされてます)、曹操の旧友・許攸が兵糧のありかをばらしたため、烏巣に駐屯していた淳于瓊を襲い、兵糧を焼いて事実上終了。裏切りが決定的だったのも関ヶ原と似ているといえば似ています。
 真・三国無双4では、烏巣襲撃時の袁紹のびっくりして裏返った声がちょっとお間抜け。曹丕と甄姫でやると、ホストクラブのような「あまーい」(by スピードワゴン)ささやきイベントが見られるが、そのあたりは曹丕について書くときに書きます。それにしても劉備、一応ゲーム上官渡の戦いに出陣してますが、情けないなー。 名族・名門であらせられる袁紹についてもまた書きますが、この戦いでの袁紹軍は武将でやはりちょっと見劣りします。さらに、この戦いとその後のぼろぼろぶりで歴史上も大きく評価を落としてますが、袁紹は決して無能じゃない、とは思ってます。
posted by きよくん at 19:34| 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月11日

信長の野望 決戦V 梟雄・松永久秀 暗殺の後に飲むお茶は…

 こんにちは。今日は、かの悪役・松永久秀についてちょっと。
 信長の野望シリーズで配下にして「古天明平蜘蛛」を巻き上げると、すねて一気に忠誠度が下がるのは面白いのですが、やはり、暗殺させまくるのが一番の使い方でしょう。僕が好きなシリーズ「天翔記」では、グラフィックがどことなくお饅頭みたいな久秀が「暗殺の後に飲む茶はまた格別」と、実にシュールな味を出してくれます。天翔記については、後日、伊東義祐について書くときにまた書きますが、暗殺と引き抜きでほとんど片が付くので別の意味で面白いですね。まあ、まともにすべての城を攻めていったら、統一まで何十時間かかるか分かったものではありません。松永久秀、龍造寺隆信、毛利元就、宇喜多直家、という暗殺大名と、百地三太夫、風魔小太郎、服部半蔵など忍者軍団で暗殺隊を編成して、平時も戦時も暗殺暗殺(笑)。意外なことに善人っぽい徳川秀忠も暗殺技能を持っているんですよね。
 決戦3での久秀は、何度も信長軍と戦います。第8章での最後の戦い自体はそれほど手ごわくないのですが、そこでは柳生宗厳を単騎駆で倒すと戦後に配下に加わるのでぜひ配下にしたいところです。ただ、当然宗厳は強いので、こちらもだれか強化した猛将タイプをぶつける必要があります。僕の場合は、「アマリア」でやっつけましたが。
 久秀は悪役とされますが、その業績(所業?)からもやはり一代の英雄であったと思います。足利義輝暗殺、東大寺大仏殿の焼き払いなんて、悪すぎてある意味爽快でさえあります。部分的には信長を超えているかもしれません。ただ、領土ではいい君主で慕われているみたいですね。このあたり、吉良上野介と似ています。
 ただ、(ゲームのグラフィックと異なり)美男子で文化人として優れた資質があり、その資質は孫(といわれる)の松永貞徳に受け継がれましたが、高校の歴史では、松永貞徳が松永久秀の孫であることなんて教えてくれませんでした(マニアックなので教える必要も無いでしょうが)。また、大変な合理主義者で、自然現象を天意とは捉えなかったとか、仏像は木と鉄の塊に過ぎないとか、信長は久秀を模範としていたのかもしれません。爆死の日が東大寺焼きうちの日と一致したのもただの偶然とするあたり、面目躍如です。そんな久秀が、土の塊の茶器に執着したのもまた面白いものです。
 さて、この久秀、何度も何度も裏切りを重ねたのですが、人間らしいところも。1年が寿命といわれる鈴虫が何年生きるかを実験したところ3年生きたので、人間も125歳まで生きることが出来るはずだ、として125歳まで生きようとしていました。たしかに、人間は本来125歳まで生物学的寿命はあるというのが最近の学説ですが、500年先取りしていたというのは、今の世なら最先端の科学者の仲間入りです(笑)。古代の神武天皇などはみな150歳以上生きていたのですからもっともな話です(←本当ですよ。当時はストレスも化学物質も無い時代、みんな長生きが当たり前でした(笑))。もし、久秀が68歳で爆死しなければあと57年、つまり1635年まで生きていたはずで、これは徳川家光も危ういですね。南光坊天海とともに100歳以上の老人が幕府を陰で操る・・・。そもそも、久秀は爆死せず逃げのび、秀吉の側近となったという説もあります。このあたり、明智光秀が生きていて南光坊天海として家康側近になった説とそっくりです。これはひょっとして、本当に125歳まで生きたかも・・・。そうすれば、古代神話の時代を除くと、日本最高齢記録は泉重千代さんではなく、松永久秀か?(笑)
今日は長くなりました。では。


posted by きよくん at 15:50| 戦国大名 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月07日

真・三国無双3Empires

 こんにちは。
 今日は、真・三国無双3Empiresについて。3月に真・三国無双「4」Empiresが出てしまうので、それまでに何回か書こうと思います。
 このゲームは、両親指を脱臼するほどやった数少ないゲームです(←馬鹿)。他に脱臼したゲームは、真・三国無双2、さらにEAから出ている「F1キャリアチャレンジ」だけなので、いかに面白かったかがわかります(←一層馬鹿)。
 
 何が面白かったかといって、「三国志」を20年間やってきた中で、戦いにアクションが入ればいいな〜と思っていた、まさにそのとおりのゲームだったからで、さらに、やろうと思えば3時間ほどで中国全土を統一できるのが、かえって、繰り返しゲームをやることにつながったからです。
 内容としては、どの勢力を選んでも、その勢力に属する武将でプレイすることが可能で、さらに、武将を捕らえ、引き抜き、また、他勢力を滅ぼした場合には丸ごと武将を配下にして、次の戦いでは使用することが可能という点が画期的です(ただ、定員がありますが)。したがって、マイナー勢力で開始しても、曹操、劉備、孫堅、董卓の本拠地を攻略すると、あっという間に大勢力となり、多くの有力武将でプレイできる、となります。さらに戦闘自体においては、各砦を攻略することで自軍兵が出現するようになり、さらには兵站線を形成して勢力圏を形成でき、その範囲で戦闘すると非常に有利となるなど、それまでの三国無双からは一歩進んだ形になっており、戦闘自体に戦略・戦術性が加わった点もいい点だと思います。これは、「提督の決断」の日米双方の補給線の概念を取り入れたものではないかと思っています(違ってたらごめんなさい)。
 自勢力が広がっていき、武将レベルが上がると、敵も同様に武将レベルが上がっていって、倒しにくくなるので、早期に大勢力をつぶすことが重要です。
 意外に、というかやはり、というか、苦戦するのが南蛮戦。相手のレベルが上がっていると特に大変です。あせってどんどん突っ込むと、後方で別の武将が敗れて兵站戦が遮断され孤立する、さらには相手武将が象に乗っているので地面に落とすまでの間に何回も轢かれて体力を消耗するなど、個別の戦いでも大変な上、じっくりと進めると時間切れになり、さらに、やっと敵本陣に行ったと思うと、そこには象に乗った孟獲が…。レベルが上がった孟獲は異様に強い。ガードをされると堅いし、無双乱舞をされると、最後は力任せに吹き飛ばされる。祝融とそろったときは、ぼこぼこにされることも。南蛮に攻め入ったときのあの独特の音楽とともに、夢に何度も出てきました。
 一応、というか、当然、というか、全勢力で統一したのですが、とくにマイナー勢力でも可能ということから「陶謙」でいきなり曹操と劉備を滅ぼしあっという間に天下統一、なんて面白かったですね。「陶謙」は、「演義」では劉備に国を譲ったので善人とされていますが、本当はどうしようもないダメ君主だったみたいですが・・・。この劉備の味方=善 曹操の味方=悪 は、やめてほしいですね。
 今日はいろいろ長くなりました。三国無双についてはまだまだ書きたいのですが、今日はこのくらいで。


posted by きよくん at 15:48| 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月01日

正月なので王道・劉備

 あけましておめでとうございます。
 今日はどのことを書こうかと思ったのですが、ひねくれものの僕ですが、正月くらい、正義の味方・善玉・王者であらせられる、漢第六代皇帝景帝の子・中山靖王劉勝の末裔にして蜀漢先主・昭烈帝であり、かつ、皇叔でもある(以下略(笑))劉備玄徳殿を取り上げることにします。
 小学校の頃に初めて読んだ三国志が「演義」をもとにしている横山光輝の三国志である以上、いい人・劉備、悪人・曹操となるのは当然です。あの頃は若かった(笑)。実際の劉備といったら、もう・・・。「蒼天航路」の劉備(と曹操も)の方がまだ実像に近いでしょう。劉備は高祖・劉邦と似ていたという記述も話半分ですが、それでも、やくざの親分っぽいところがあったのは間違いないでしょう。劉邦も、横山光輝「若き獅子たち」よりは、本宮ひろ志「赤龍王」の方がいいと思います。まあ、横山光輝が連載していたのが主として子供向けの雑誌だったことも影響していると思いますが。いきなり女遊びの場面ばかりでは教育上よろしくないということで(笑)。
 さて、僕が高校の頃に買ったMSX版「三国志」では、当然のごとく、初めてやった君主は「劉備」でした。シナリオ3では、最初はたった1国なのに、やたら武将が多い!直ちに東側の空白地に数名ずつ移動して、兵を雇えるだけ雇い、曹操・孫権・劉表に同時戦争を仕掛け、北部軍は曹操壊滅後は袁紹、南方軍は孫権壊滅後に南方を回り劉璋、中央軍は劉表壊滅後に馬騰を殲滅、結構あっけなく天下統一してしまいました。
 その後、88版でシナリオ1で放浪→旗揚げを繰り返したり、高いカリスマを利用して曹丕や孫堅配下の孫策・孫権を引き抜き、面白かった記憶があります。
 今やっている「真・三国無双」シリーズでは、(これは曹操・孫堅・孫権に共通しますが)武器が剣のため、癖が無く使いやすい武将だと思います。とくに無双乱舞は通常攻撃の最後に出すとコンボ数が結構稼げます。動きも速く、あっという間にシナリオクリアも可能です。ただ、敵に回すと結構弱く、イベントによっては情けなかったりするのはご愛嬌か。
 ちょっと前にはまっていた「三国志戦記」シリーズでは、劉備編で天下統一することが出来たときは、結構感動しました。後の方になると、敵も強くなってなかなかなんです。劉備・関羽・張飛・諸葛亮他で10連鎖をしたときの快感は忘れられません。綿密に計算しても、どっかでずれちゃうことが多いので(笑)。10連鎖、合計で何十万人やっつけたのだろう。核爆弾よりも多いと思います(笑)。


三國志 10 with パワーアップキット

posted by きよくん at 16:10| 三国志 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする